はじめに
米国人と結婚し、長年米国で生活していた日本人の叔母が、米国で亡くなりました。
叔母夫婦には子どもがいなかったため、叔母は、日本に住んでいる姪に財産を残すことを計画していました。また、姪を遺言執行者とする遺言書も作成していました。
そのような叔母が米国で亡くなったことにより、日本と米国の双方に関係する国際相続事案となりました。
国際相続事案の概要
叔母が亡くなった後、米国にある財産について相続手続を行わなければならないことが分かりました。
しかし、遺言執行者に指定されていた姪(依頼者)は、何から始めればよいのか分からず、弊事務所に相談に来られました。
姪は、生前、米国にいる叔母とメールや手紙でやり取りをしていましたが、叔母が住んでいた米国の自宅を訪れたことはありませんでした。幸い、叔母の夫である米国人の親族が叔母の米国の自宅近くに住んでおり、葬儀までの手続について、ある程度進めてくれているとのことでした。
相談に来られた時点で、姪(依頼者)の手元には、遺言書や銀行口座明細のコピーはありました。しかし、遺言書の原本や、銀行口座の最終的な残高が分かる資料はありませんでした。
そのため、まずは遺言状の受遺者である姪自身が米国へ渡航し、叔母が住んでいた家で遺品整理を行い、相続手続に必要な書類や財産状況を確認する必要があると判断しました。
姪は米国への旅行経験はありましたが、英語でのコミュニケーションに不安がありました。また、一人で米国に渡り、一定期間滞在しながら自分だけで各種手続を進めることにも自信がないとのことでした。現地ではレンタカーを運転するなどして移動しなければなりませんが、慣れない海外での運転も心配とのことです。
このような不安は、海外相続に直面した多くの日本人に共通するものと思われます。
最終的には、姪の兄である被相続人の甥、姪の叔父である被相続人の弟、そして姪の3人で渡米し、葬儀の手配や遺品整理を協力して行うことになりました。
国際相続対応の内容
渡航前の準備
叔母が日本国籍であったため、米国で死亡した場合でも、日本の市区町村にも死亡を届け出る必要があります。そこで、渡航前に、米国にいる親族に連絡し、死亡証明書(Death Certificate)を複数取得しておくよう依頼しました。最終的には、帰国後、日本の市役所に死亡届を提出する際に、死亡証明書も併せて提出しました。
また、姪(とその同行者)にとって米国で本格的な手続を行うのは初めてであったため、パスポートの手配、航空券、ホテル、国際免許証、現地滞在中の携帯電話用プリペイドSIM、米国の親族との連絡方法としてのMessengerアプリの設定など、渡航前の準備も支援しました。
海外相続では、法律手続だけではなく、現地で活動するための旅行や滞在などの実務的な準備も非常に重要になります。私は弁護士ですが、国際相続の過程でこういった「旅行ガイド」のようなことを結構やっております。自分自身も海外旅行経験が結構多いので、案内するのにはまあまあ慣れています。
遺言書の原本の発見とプロベート手続
米国渡航後、叔母の自宅内を捜索したところ、幸いにも遺言書の原本を発見することができました。この遺言書を米国の弁護士に確認してもらったところ、米国の裁判所におけるプロベート手続が必要であることが分かりました。
プロベート手続とは、裁判所の関与のもとで、遺言書の有効性を確認し、遺言執行者(人格代表者とも言います)を確定させて遺産の管理や分配を進める手続です。滞在中には、米国の親族が探してくれた、日本語で対応できる米国弁護士との初回相談も行いました。その結果、その米国弁護士にプロベートの申立てを依頼することができました。
もっとも、実際には、この米国弁護士とのやり取りにはかなり苦労しました。依頼した後であったため、途中で弁護士を変更することも難しく、最終的には手続が終わるまで対応を続けることになりました。
海外案件では、現地の弁護士を見つけること自体が難しいだけでなく、その弁護士が日本語が使えるか、依頼者と適切にコミュニケーションできるかどうかを事前に見極めることも簡単ではありません。
TOD(トランスファー・オン・デス)口座の払戻し
叔母が保有していた銀行口座のうち、1つはTransfer on Death Account、いわゆるTOD (トランスファー・オン・デス)口座でした。
TOD口座とは、口座名義人が生前に受取人を指定しておくことで、死亡時に、その受取人が『プロベートを経ずに』口座残高の払戻しを受けることができる口座です。米国特有の制度です。
叔母は、生前に姪をTOD口座の受取人として指定していました。
そのため、姪は米国滞在中に銀行窓口へ行き、TOD口座の払戻手続を行うことができました。
ただし、米国の銀行は、電信送金、いわゆるTT送金によって日本の銀行へ直接送金する方法には応じませんでした。最終的には、米国の銀行が発行する小切手によって、口座残高の払戻しを受けることになりました。
米国銀行発行の小切手の換金
時間は少し先に飛びますが、日本に持ち帰った米国銀行発行の小切手については、日本国内で換金できる金融機関が非常に限られていました。
当時、米国銀行発行の小切手を日本円または外貨預金として取り扱うサービスを行っていたのは、SMBC信託銀行プレスティアのみでした。ゆうちょ銀行を含め、その他の多くの国内金融機関では、このような小切手の換金サービスを現在では取り扱っていません。
そのため、姪は東京都内にあるSMBC信託銀行の支店を訪問し、この小切手を換金するために、新たに口座を開設しました。
なお、米国銀行発行の小切手には90日間の払戻期限が設定されていたため、帰国後は、口座開設と小切手の換金手続を急いで進める必要がありました。
最終的には、SMBC信託銀行で小切手を無事に取り立てる(換金する)ことができ、同行に開設したマルチカレンシー口座へ、米ドル建て預金として入金されました。
海外相続においては、財産の存在を把握するだけでなく、その財産をどのような方法で日本へ移転(送金)するかという点も、大きな問題となります。
米国での葬儀、埋葬および死亡証明書の取得
米国滞在中には、被相続人の葬儀、埋葬を行うなどの作業も行いました。実際に墓地に行って棺に入れて埋め、墓石を立てる作業です。日本と異なり米国では火葬せずに埋葬します。その辺りもちょっとした異文化交流です。
姪たちはこれらの手続を終え、約2週間の滞在期間を経て、日本へ帰国しました。
帰国後は、日本の弁護士(弊事務所)と米国弁護士が遠隔で連絡を取り合いながら、プロベート手続を進めることになりました。
その他の相続財産の処理
被相続人には、上記のTOD口座以外にも、叔母には、居住用不動産、自動車、保険、年金などの財産がありました。これらについては、米国のプロベート手続の中で、米国弁護士を通じて処理を進めました。
特に、不動産を売却するためのDeed(譲渡捺印証書)への署名については、日本の公証人または在日米国領事館による署名認証が必要でした。本件では、幸いにも沖縄県内の近くに米国領事館があったため、予約を取り、領事の面前でDeedに署名し、署名認証を受けることができました。仮に日本の公証役場で署名認証を受ける場合には、公証人による認証に加え、公証人の所属する法務局で公印証明を取得し、さらに外務省でアポスティーユを取得する必要があります。
海外の不動産関係書類では、単に署名すればよいのではなく、その署名が本人によるものであることを証明するための上記のような領事又は公証人の署名認証手続が求められることがあります。日本の印鑑証明は海外では通用しません。
日本での相続税申告
本件では、TOD口座の口座残高が比較的大きく、日本の相続税の基礎控除額を超えていました。そのため、米国での相続手続とは別に、日本における相続税の申告および納付手続も必要となりました。海外資産を含む相続税申告に対応できる税理士へ依頼し、米国にある相続財産も含めた申告手続を進めました。
国際相続では、米国側の相続手続だけを終えればよいわけではありません。相続人や受遺者が日本に居住している場合には、日本の相続税が課税される可能性があるため、日本国内での税務対応も検討する必要があります。
同時並行で、かつ相続税納期限(死亡日から10か月)を意識して、資金の回収作業を効率よく進めなければなりません。
本件事案の注意点
本件のような国際相続では、法律上の問題だけでなく、現地での生活や移動、金融機関とのやり取りなど、多くの実務的な問題が発生します。
まず、遺言書のコピーが手元にあったとしても、プロベート手続では遺言書の原本が必要となることがあります。遺言書の原本や財産に関する資料がどこに保管されているか分からない場合には、被相続人の自宅へ行き、遺品を一つずつ確認しなければなりません。
また、遺言執行者に指名されていても、米国の裁判所や金融機関に対して、直ちに遺言執行者としての権限を行使できるとは限りません。財産の種類によっては、裁判所の手続を経て、遺言執行者として正式に選任される必要があります。
一方、TOD口座のように、プロベートを経ずに受取人が払戻しを受けられる財産もあります。そのため、相続財産ごとに、プロベートの対象となる財産か、プロベートを経ずに承継できる財産かを確認する必要があります。
但し、米国の銀行から預金の払戻しを受けられたとしても、その資金を日本へ移す方法が問題となります。本件のように、日本の銀行への電信送金には応じてもらえず、米国銀行発行の小切手でしか払戻しを受けられないことも多々あります。外国小切手を取り扱う国内金融機関は限られており、払戻期限もあるため、帰国後すぐに対応しなければならない場合があります。
現地弁護士の選定にも注意が必要です。
日本語で対応できる弁護士であっても、必ずしも連絡が迅速であるとは限らず、手続の進め方や費用面について、依頼者の希望と合わない場合もあります。もっとも、海外の相続案件では、現地で対応できる弁護士の候補自体が少ないため、途中で弁護士を変更することが容易ではない場合もあります。
さらに、不動産売却等のために日本で文書へ署名する場合には、署名認証の方法も事前に確認する必要があります。在日米国大使館・領事館で認証を受けられる場合もありますが、予約が必要となることがあります。日本の公証役場を利用する場合には、公証人の認証だけでは足りず、公印証明やアポスティーユの取得まで求められることがあります。
また、米国での相続手続とは別に、日本の相続税についても対応する必要があります。海外資産を取得したからといって、日本の相続税が当然に課税されないわけではありません。相続人や受遺者の住所、被相続人の住所や国籍などによって、日本の相続税の課税対象となる可能性があります。
このように、国際相続では、米国側の相続法、裁判手続、銀行実務、不動産取引、日本への資金移転、日本国内の戸籍手続および税務手続を、並行して非常に効率的に進める必要があります。
結果・解決までにかかった時間
以上の手続を進めた結果、依頼を受けてから約1年程度で、米国でのプロベート手続を終えることができました。
なお、本件では、プロベートの対象となる資産の金額が比較的少額であったため、正式なプロベートではなく、簡易な手続(Small Estate Proceedings)によって終了しました。
それでも、現地への渡航、遺品整理、現地弁護士への依頼、銀行口座の払戻し、不動産売却、日本での小切手換金、相続税申告など、多くの手続が必要となりました。国際相続では、各手続を同時に進められるとは限りません。遺言書の原本や死亡証明書などの必要書類を取得しなければ、次の手続に進めないことも多くあります。
また、日本と米国との間で書類を郵送したり、署名認証を受けたりする必要があるため、国内の相続案件と比較して、解決までに長い時間を要する傾向があります。
本件のまとめ
米国で被相続人が亡くなった場合、相続人や遺言によって指名された遺言執行者は、慣れない米国で各種手続を進めなければなりません。特に、次のような点が大きな負担となります。
- 米国で葬儀や埋葬の手続を行うこと
- 被相続人の自宅へ行き、鍵を開けて遺品整理をすること
- 米国の銀行で預金の払戻手続を行うこと
- 米国で、可能であれば日本語に対応できる適切な相続弁護士を見つけること
- 現地弁護士が見つかった後も、書類のやり取りや、公証人または領事館での署名認証を手配すること
- 米国の銀行から小切手が発行された場合に、日本で換金する方法を自ら探すこと
- 米国から日本、日本から米国への各種支払が海外送金となり、銀行手続に手間と費用がかかること
- 日本で、海外資産を含む相続税申告に対応できる税理士を見つけ、適切に依頼すること
相続人としては、これらの手続を自ら行わなければならない可能性があることを、あらかじめ理解しておく必要があります。また、被相続人となる方も、生前のうちに、相続人の負担を少しでも減らすための準備をしておくことが重要です。
本件を踏まえると、例えば、次のような対策が考えられます。
- TOD口座などを利用し、一定の預金について、プロベートを経ずに受取人が払戻しを受けられるようにしておくこと
- 米国にある不動産、銀行口座、証券口座、保険、年金などの一覧を作成し、定期的に更新すること
- 残高の少ない銀行口座や証券口座、不要な保険契約や年金契約を生前に整理し、主要な資産をできるだけ少数にまとめておくこと
- 遺言書を作成した場合には、遺言書を作成した弁護士の名刺や連絡先も一緒に保管しておくこと
- 遺族が英語を話せない場合を想定し、日本語に対応できる現地の弁護士をあらかじめ探しておくこと
- 被相続人と相続人が生前から定期的に連絡を取り、相続財産の内容や重要書類、遺品の保管場所を伝え合える関係を維持すること
海外で生活している方の相続では、生前の準備の有無によって、遺族の負担が大きく変わります。
特に、遺言書を作成するだけではなく、財産の一覧、重要書類の保管場所、現地の専門家の連絡先まで整理しておくことが、円滑な相続手続につながります。
米国で発生した相続では、遺言書があったとしても、財産の種類によっては米国の裁判所でプロベート手続を行わなければなりません。
また、現地での葬儀や遺品整理、銀行手続、不動産売却、署名認証、日本への資金移転、日本の相続税申告など、法律以外の実務的な問題も数多く発生します。
国際相続では、日本と米国の専門家が連携しながら、個別の財産ごとに必要な手続を整理して進めることが重要です。
ご家族が海外で生活している場合や、海外に財産を保有している場合には、相続が発生してから対応を始めるのではなく、生前の段階から財産や手続を整理しておくことをおすすめします。
弊事務所では、特に英語圏の外国に関する相続問題(国際相続)に豊富な経験を有しております。